香港人の特徴5つと歴史|中国人との違いや正しい接し方

雑学

特徴4:働く女性が多い

ある調査によると、香港の女性役員比率は約12.5%であり、これは日本の3.3%に比べると大幅に高い値です。商人の街という面とそれにともなう実力社会という背景、ヘルパー文化が根付いており女性が働きに出られる環境なども後押ししていえるでしょう。

ただし、アジア2位の女性役員比率ですが、他の先進国に比べれば、低い率です。イギリスやアメリカの半分ほどといえるでしょう。

特徴5:きびきびしている

香港に旅行に来ると、香港人の歩く速度の速さにカルチャーショックを受ける外国人は非常に多いといわれます。この現象に代表されるように、良い意味できびきび、悪い意味でせっかちなのが香港人の特徴です。

なかには、香港人のあまりのきびきびさ度合にエスカレーターの流れに入れない人もいるほどだといいます。また、エスカレーターに乗れば、ボタンを連打するのが普通です。大阪人と器質的には近いともいえるでしょう。

香港人の歴史

香港人の特徴5つと歴史|中国人との違いや正しい接し方

香港人の歴史の概略を紹介します。歴史を知れば、なぜ香港人が中国人との違いを強調するのか、理由がわかるはずです。

たとえば、中国の紙幣は元であるのにたいし、香港では香港ドル、中国では左ハンドルなのに、香港では右ハンドルである背景などについても、歴史を知ることで想像がつくこともあるでしょう。

香港人の始まり

香港人の始まりというと、近代史から、中国人と区別するために呼ばれ始めたというイメージがあるでしょう。確かにそれは正しいですが、当然ながら香港にはそれよりずっと以前から人類が住んでいました。

5,000年前の新石器時代の遺跡がランタオ島や香港島で発見されています。中国南部、珠江デルタに属する香港地区ではこのころから人類が生活していたと考えられています。

王朝時代

香港の王朝時代は、 紀元前221年-1368年唐代の王朝時代、1368年-1644年の明代の王朝時代、1644年-1842年の清代の王朝時代に区分されます。

唐代の王朝時代では「屯門」と呼ばれ、塩田や真珠採集が行われていた記録が残っています。明代の王朝時代においては明朝によって水軍の拠点となり、ポルトガル人との争いもありました。清代の王朝時代ではイギリス東インド会社と関係したアヘン戦争が勃発しました。

植民地時代

アヘン戦争によって国力を消耗した香港は、1842年南京条約によって英領植民地となります。これにより香港島は英国に割譲されます。次いで1860年に締結された北京条約では九龍半島も英国の植民地となります。

1935年には香港ドルが使われるようになります。その後、太平洋戦争によって日本軍が占領、1942年2月には磯谷廉介中将を香港総督して軍政が敷かれました。

主権移譲

戦後は英国に香港返還を求めるが認められません。その後も、香港を引き続き管理したいサッチャー政権と、それを認めない鄧小平との間で外光に緊張感が高まっていきます。その一方で、香港は経済の要所として急速に発展していきました。

1990年に制定された香港基本法により、特別行政区の設置に関する規定が設けられ、政情不安は一応沈静化します。そして、1997年香港は正式に英国から中国に返還されました。

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