被差別部落の特徴|身分/結婚/地域/差別
特徴として一番に挙げられるのは、鎌倉・室町時代から現代まで根強い差別意識があるということです。
どういった人たちの事をエタと呼んでいたのでしょう。
エタと呼ばれた人たち
穢多とは、日本において鎌倉時代以前からみられる、身分制度の身分の一つです。日本仏教や神道において、「穢れ(けがれ)」という考えからきた「穢れの多い仕事」や「罪人(穢れの多い人)などが行う生業」の呼び名や、罪を犯してもともとの身分よりも落とされた人の呼び名であるという説があります。
しかし、<その起源はもっと古く、古代の自分の領土をほかの民族に奪われ奴隷になった人たちを起源とみる説もあります。総じて、その時代時代の最下層と呼ばれる身分の人たちを「エタ(穢多)」と呼んでいました。被差別部落の差別の特徴
被差別部落出身の結婚事情
上記で「被差別部落の特徴」の中で「隣家に同じ苗字の人が多い」と書きました。それは、この被差別部落出身者の結婚事情に関係しているとされています。
被差別部落の歴史的特徴には、「卑しいものとは結婚してはならない。血は、一度汚れるときれいにはならない。エタの子はいつまでエタである」という言い伝えがあります。それは、被差別部落出身の者は被差別部落出身の者としか結婚できないという意味ももちます。(もし部落以外の人と結婚したくても、その多くは親などの親族から祝福のない駆け落ち同然の結婚でした。) なぜならば、被差別部落出身ではない者が被差別部落の者と結婚すると「血は汚れる」とされていたからです。なので、被差別部落出身の者たちは同じ部落の者同士で結婚することが大多数でした。 そういった理由から、部落内で結婚をして親戚が多くなり同じ苗字の者が増えていたのです。これが、被差別部落の特徴で上げた「隣家に同じ苗字の人が多い」という特徴に当てはまります。必ずしも、同じ苗字が近くに住んでいる地域が対象ではないため、注意してください。職業の特徴
被差別部落の人は、最下層の身分という説明をしましたが、その職業にも特徴があると言われています。それは「穢れ」と呼ばれるものが多い仕事です。エタと呼ばれていた人たちよりも、上の身分の者たち(士農工商)が「穢れの多い仕事」と呼んでいた仕事たちです。
そもそも穢れとはなんでしょうか。穢れとは、「死・疫病・月経などによって共同体に異常をきたすこと」とあります。つまり、「死」や「伝染病」、「血」など、人が本能的に忌み嫌い、避けようとするもののことです。 これらのものに関わる仕事とで代表的なものですと、屠畜産業、精肉関係、皮革製品製造、葬祭業、清掃業、剥製品製造などが挙げられます。被差別部落の特徴でも書いた、肉の卸業も穢れの多い仕事ということで、代表的な仕事の中に入っているとされています。 エタの子はエタと書いたように、特定の職業以外にエタの人たちがつくのは難しい事でした。 上記で挙げた全ての産業関係者がそうなのではなく、あくまで、そういう地域があったということを認識しましょう。このように、職業差別が行われていた古い時代に、被差別部落と呼ばれた地域では、職業や結婚にとどまらず、様々な差別が行われていたそうです。今なお傷跡を残す被部落差別
今でこそ被部落差別を身近に感じる人は少なくなっていますが、それでもなお地域によっては未だに被部落差別が残っているところもあります。その実態を知るには、差別を受けた本人の話を読むのが何よりでしょう。以下に2つ紹介しています。
被差別部落の地域の特徴
白山神社
被差別部落の人たちは、福井県、石川県、岐阜県にまたがってそびえ立つ白山を対象とする白山信仰を信仰していました。
なぜ、白山信仰かというと、江戸時代に弾左衛門が普及させたという説があります。この弾左衛門は、江戸時代にエタ・非民の頭領でした。そして、江戸幕府から一部の被差別民を統轄する権限を与えられました。触頭(ふれがしら)として全国の差別民に号令を下す権限をも与えられていました。