「処女性」の意味と使い方・日本が求める理由・男の特徴

言葉の意味

江戸時代の女性は自由!

性に寛容だった江戸時代。当時、性交場面を描いた浮世絵である「春画」が庶民の間で流行るほど、性は身近なものでした。当時は未婚女性であっても非処女であることが珍しくない時代です。そのため、江戸時代の前後にヨーロッパから日本にやってきたキリスト教の宣教師たちは、ヨーロッパの女性と比べて日本の女性が性的に自由にふるまっていることに驚きました。

ヨーロッパでは未婚女性には処女性が強く求められていたので、両親の許可なく外出したり異性と接触しないように厳しく監視されていました。それに対して、日本の女性は未婚であっても自由に外出して歩き回ることが許されていて、異性との交流も認められていることに宣教師たちはショックを受け、その驚きを記録に残しています。

混浴でも恥ずかしくない?江戸時代のびっくり文化

また、ヨーロッパでは未婚女性は処女性を守るために、肌を露出した服装を控えなければいけませんでした。足はもちろんのこと、胸を露出するのはもってのほかです。露出の多い服装をした女性は娼婦や淫らな存在とみなされ、社会から受け入れられませんでした。

しかし江戸時代の日本では、処女性を守るために露出を控えるという考えがまだ浸透していませんでした。胸や足をはだけた状態で外を歩く女性も少なくなく、また庶民の間では男女関係なく裸で一緒に公衆浴場に入るのが普通でした。 幕末に日本にやってきた欧米人は、このような江戸の混浴文化に大きなショックを受けました。ペリーと一緒に黒船に乗って来日したアメリカ人宣教師サミュエル・ウィリアムズは、若い女性が裸体に近い状態で外を歩き、混浴をすること、ヨーロッパほど未婚女性に処女性が重視されていないことに驚き、日本を「淫らな国」とまで表現しています。

処女性が大切になったのはいつから?

「処女性」の意味と使い方・日本が求める理由・男の特徴

性におおらかで処女性がそこまで重視されていなかった江戸時代。しかし明治時代になると、徐々に処女性が重視されるようになります。当時、性に寛容な日本文化は欧米の厳しい目線にさらされ、日本は野蛮で未開な存在だとみなされていました。

このような欧米からの批判を跳ね返し、日本を健全で秩序ある国として世界に認めさせるために、明治政府は性を管理するようになります。混浴を禁止し、若い女性が肌の露出の多い恰好で歩くことを不道徳としました。その結果、欧米の女性のように日本の女性は、結婚前は貞節を守り処女であることが求められるようになります。 このような背景から、明治時代からスタートした義務教育では、男女は別々の教室で学ぶという「男女別学」のスタイルがとられました。未婚女性が結婚前に異性と親しく付き合ったり、過ちを犯したりすることを防ぐことが意図されていました。

アイドル・オタクは処女が好き?

アイドルは処女イメージが大切

現代の日本では、自由恋愛が一般的です。婚前交渉も決して珍しくはありません。しかし、女性に対して処女性を強く求める男性も存在しています。特にアイドル・オタクの男性はその傾向が強いと言われています。

アイドル・オタクの中には好きなアイドルに疑似的な恋愛感情をもち、「処女であってほしい」「他の男と仲良くならないでほしい」と考える人も多くいます。そのため、アイドルは恋愛経験がなく彼氏もいないことをアピールし、男性ファンからの人気を得る必要があります。 週刊誌で熱愛をスクープされたり、彼氏と撮ったプリクラや写真が流出すると一大事。アイドルの清純無垢なイメージが損なわれてしまうので、バッシングを受けるケースも多くみられます。アイドル・グループに恋愛禁止のルールがあるのは、処女性のイメージを守り、ファン離れを阻止するためでもあります。

処女性を求める男性の特徴

「処女性」の意味と使い方・日本が求める理由・男の特徴

処女好きの心理とは?

アイドル・オタク以外にも女性に処女性を求める男性がいます。彼らはどのような特徴をもっているのでしょうか。まず、独占欲の強い男性は付き合う女性に処女であることを望む傾向にあります。そのような男性は、「好きな女性には自分だけのものでいてほしい」、「他の男性と性経験があるなんて嫉妬心で許せない」という気持ちをもっています。

また、恋愛経験が少なかったりコンプレックスの強い男性は、自分よりも恋愛経験のある女性を敬遠しがちです。そのため、他の男性と比べられる心配のない、男性経験がない女性と付き合うことを望みます。
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